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京極夏彦「書楼弔堂 破暁」を再読。

思うところがあり、京極夏彦・著「書楼弔堂 破暁」を読み返した。

この本は、3年前の発売日に勇んで購入したものの、当時は読み終えるのに随分時間が掛かってしまった。どうしても気乗りがしなかったのだから仕方がない。

それというのも、今作は京極作品のなかでもやや「異色」の作風である、と感じたからだ。とある風変わりな書舗「弔堂」と、そこへ訪れる、どこかで見覚えのある人物たちをめぐる連作短編集であるのだが・・・。

乱暴な云い方をすれば、<百鬼夜行シリーズ>でいうところの、京極堂のうんちく講釈と、憑き物落しの場面のみを抜粋したようなものだ。物語の構造はおそろしくシンプルで、ほとんどが弔堂主人と客との「会話」で進行する。刃傷沙汰はもちろん、ちょっとした事件も起こらない。それが退屈だといってしまえばそれまで・・・実際、当時の私もそう感じてしまったから、読み終えるのに難儀したのだ・・・・・。

おおいに人を選ぶ作風と思われるが、一度どこかが嵌ればぐんぐん読めてしまう。あくまで私見だが、今作は極めてメッセージ性が高い。これまでも、遠まわしに誰かの思念がにじみ出ているようなことはあった気もするが、ここまで全編にわたって発現しているのは、やはり「異様」だ。

今作の語り手は、妻子持ちでありながら、ふうてんものの三十路男・高遠。彼は、生家の資産で何ら過不足のない生活を送っているが、世間への後ろめたさと、云い様のない所在なさを抱えている。だからといって、何に対しても今一歩が踏み出せず・・・と、なにやら意味ありげな人物像である。

弔堂主人曰く―――

「まあどうにもならなくなれば、何かはなさるでしょう。何かされたなら、その時は何とかなるでしょう」

 そんな余裕を持って生きたいものだが、それを許さないのは他人なのか、自分なのか・・・・・。果たして、高遠の「憑き物」は落ちるのか・・・・高遠の明日はどっちだ!?

 

それはきっと、

 

誰も知らない。

 

書楼弔堂 破暁

書楼弔堂 破暁